耳なし芳一

今宵 お集まりの皆々様
お招きにあずかり 厚く御礼申上げます
わたくし 盲(めしい)の琵琶法師
どうぞしばし お耳を拝借いたしまする

今宵謳い上げまするは 壇ノ浦の合戦
海に消えたる平家一門の物語
波間に果てたる 幼き天子と
主に殉じた 二位の尼
悲しき一族の物語
今宵はここまでと致しまする

やや なんと申されましたか 御住職
わたくしが参っておるのは
この世ならざる方々であると?
いやいや 決してそのような
はて 今なんと?
もう一度 あの方々に召されれば
わたくしの命がなくなると?
どうぞお助けくださりませ 御住職!

御住職の手によって
霊験あらたかなる ありがたい経文をば
この身一面に記して頂いた
今宵一晩 何があっても声を出さず
身動きしてはならぬとのお言いつけ
きっときっと守ってみせましょう

おお なんと面妖な
おお なんと恐ろしい
いずこかより わたくしを呼ばわる声
盲た眼には映らねども
禍々しき足音に 背の震える
南無 南無 御守り下され
なんと 熱く冷たい指の 我が耳に触れおる
ああ やめて やめて やめて下され!
ああ 熱い ああ 痛い
わたくしの わたくしの耳が
ああ ああ ああ……

お集まりの皆々様
しがない琵琶法師の弾き語り
今宵はここまでに致しとうございます